RAKUGAKIYA BLOG

冒険の書を読みますか?

似顔絵34844★amma アシュラムへ

↑ぐるぐる巻きに上に登っていく斜めの床のカフェ。ふふふ、なにを言ってるかわからないだろう。 ふふふ、うまく説明できないので動画をどうぞ。

さて、この日に来てしまった。

インド旅ブログ、真剣に大切に書いてるんだけれども ついにこの日になってしまった。

どんなブログになるのか 書き始める前の今、ぼくでもわからない。

とりあえず書き始めてみる。

どうぞ★

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インドみっかめ。

なにかあった時の予備日にしていたみっかめ、ふつかめに合流してくれた日本人のおねーさん。聖子さんが滞在する アンマーという聖者さまのいるアシュラムへ行くことに。

聖子さんは 日本で今長さんが瞑想しに行く瞑想道場で偶然知り合われた方とのことですが、なんとマコにさんふらわあで似顔絵描いてもらったことがあるというなんとも縁深いひと!それゆえプロジェクトの様子を見に来てくれたのだ。

そしてアンマーアシュラムは今長さんが日にちが余ったら行きたいと言っていた場所であり、なんとそこに これからご出家されるのだという!!※アシュラムとは日本でいう「お寺」みたいな意味

これはもはやそこに行く流れなんでしょうとみんなで電車に乗っていくことに。

出発進行!

インドの電車は走り出しても 連結部にドアがないので、まじ注意。笑

これ昔の話だと思ってたら今もそうだからね!

すこし長い距離なので寝台列車に。

走っててもドア開いたままよ!笑

席は、車両の長(おさ)みたいなひとが その場でアドリブで決まるの。笑

アドリブゆえか、ぼくら日本人4人に囲まれることになった 途中で乗ってこられたインド人のおにいさん。

ここで会ったが100年目。

似顔絵にしてくれよぅぞぉ^^

物静かな方だったのだが ふふっと笑ってくれた。^ ^

その様子を見てた通路挟んで座ってたおふたりが

「次の駅で降りるから五分しかないけど描ける?」って。

速描きはオハコなんすよ!マコ!

超集中して間に合ったー!?

むちゃよろこんでくれた!

電車はいいね!シートベルトがないから似顔絵描くにはもってこいさ!

 

ぼくらもしばらくして目的地に到着。

MATA AMRITANANDAMAYI MGTH

AMRITAPURI

 

さて。

ここからはなんとですね。

写真禁止エリアなんです。

なのでもちろん動画にも組み込まれてないお話となります。

ある意味 記録には残らない 旅の一日となりました。

せっかくなので、帰国して20日経っちゃったけど、思い出してブログにしてみます。

まずアンマー(お母さんという意味)について簡単に説明すると

世界中で ダルシャン(抱擁)をし続ける聖者さまなのです。

それはもう何十万人と抱きしめてこられていて、アンマーに抱きしめられると人生が変わると言われるほどみたいです。

インドに行くと人生観が変わる、とも言わらていますが…

ちょっとまって、ぼくは今の人生気に入ってるんですけど!と言うと、

良くなるって意味ですよ!とのこと。

それはそれは是非ともですし、

世界中を動きまわられてる方なので ぼくらがインドに来ている日程にお会いできるのも凄いラッキーなこととのこと。

本日 アンマーが登場する 集団瞑想の時に ダルシャンしてもらえるという。

その時間まで アシュラムの中を探検することに。

まずはご飯。

カレーエリアは無料!

ウェスタンエリアは ピザやパスタとか食べれて有料。

半々でみんなで食べたんですが

お肉はなく、 シンプルだけど美味しい♪

じぶんが食べた分は自分で洗って ごちそうさま★

アシュラムに住む人もいっぱいいることから薬局や銀行もあって、近くに大学もあるという。

もはやここはお寺というよりは町。

敷地外にはスーパーマーケットもあるし、大きな川もある♪

明日のヒコーキまで、予定は 似顔絵を描く、以外にないし、 カメラNGだけど カズさんいわく動画の素材は充分すぎるくらいバッチリとのことなので アシュラムに一泊することに。

インドらしいものが欲しくて たくさん見かけた男性用の腰巻スカート「ルンギー」を買ってみた♪

瞑想に是非つけていこうと。

しかし巻き方がわからず あたふたしていると 助けてくれたインド人のおにいさん。

もちろん。

ぼくへの親切は…似顔絵になるよね!^ ^

日本でも 旅先とかでいきなり描いたりしてるし

海外旅行先でもチップと一緒に描いたりしたこともある。

しかしそれは写真に撮って、自分の描いた人数にカウントされていたのだ。

ぼくは人生を賭けて世界で最も「ひと」を描いた人物になろうと思っているので、ある意味プレゼントであり、その夢の一歩でもあるのだ。

しかし、写真のない 絵は数にカウントしていない。

証拠がなければ数字なんていくらでもサバよめちゃうからだ。

なので、このブログの似顔絵のカウントアップはすべて証拠のある 自信の持てる人数なのである。

すなわち

ここで、写真も撮れないけど似顔絵を描く、という行為は

ぼくの中では もっとも純粋なこと

に成り得る、と思った。

話に戻って、腰巻スカートをぼくに巻いてくれたおにーさん、喜んでくれて… それを見ていた女子大生5人組がそわそわ描いて欲しそうに話しかけてくれた★

願ってもない。

似顔絵を描きまーす!としなくても こうやって繋がれるのは 本当にありがたく願ってもない。

こうやって ビジネスでなく 絵を描いて渡して喜んでもらえる、笑顔になってもらえる。

この時間には、いつもの日常にある精神の安定を妨害する事柄はひとつもなく 本当に穏やかで ワクワクできて やさしさがある。

 

これが ぼくがこの人生でやることなんだろう。と 確信めいたものがあった。

だって喜ばれるんだもの。

絵自体の技術はそんなでもないのにみんな欲しい、って言ってくれるんだもの。

いま、インドに来て、ドップリ似顔絵を描きまくれる日々に身を置いて

これはマジで一生描き続けられるな…と、気持ちが強く固まり輝きだしていた。

一生こうしていられる。

アンマーがダルシャンし続ける聖者なら

ぼくは似顔絵を描き続ける聖者になれるんではないだろうか。

うちのまだ10ヶ月未満のセンジュボーヤが自立したら 仕事で描くのやめて もはやそうなろうかな…。とすら 自然に思いながら描いていた。

その後もずーっと横で見ていたおじさんがうちのお母さんを描いてくれと待っていてくれた。

とても優しい笑顔のお母さんで とても上出来な仕上がりになった。

写真撮れないのが残念だけど 伝えられない、伝えない 美しさ、尊さが ここにある、と 心は満ちていた。

さて そろそろ瞑想の時間だ。

道具をしまっていると女子大生の五人組のひとりから、すこしだけ時間ちょうだい!と呼び止められた。

女の子にこんなこと言われてうれしくない男はいないだろう。

はい!と、待ってると走って戻ってきて ピンクのキラキラの紙に包まれたプレゼントをくれた。

その中には色鉛筆と絵の具。

本当に嬉しかった。

見返りを求めていなかった、というのもあるが

よくプレゼントの時に言う

「気持ちが嬉しい」

とは、この事だと思った。

思いがけなかったし、何より 包まれているのがいい。

たぶん急いで包んだんだろうセロハンテープで貼られたキラキラなピンクの紙。

この感じを絶対に忘れない。

と強く心に刻んだ。

なにをしたか、どうしたか、とか結果じゃないし経過でもない。

みんな結果や経過で議論しているけど、

本当に大切なのは「想い」だ

そこをしっかりと受け取ることができれば 多くの争いの種となっている議論は解消できるんではないか。

ここに来る途中の電車で聖子さんが言ってた言葉を思い出した。

「アンマーはね、行動よりも言葉が大事というんです。そして、行動よりも想いが大事だと。」

これを聞いた時ぼくは

「えぇ?。逆じゃないですか?想うだけじゃなく 言葉にしたほうがよくて。言うだけじゃなく行動したほうがよくて。行動こそが未来をつくるんだと」

と返したら

「想いが1番大切だと、アンマーは言ってますよ」と。

まさにすぐにその核心というか、答えに遭遇した気分だった。

これのことか。

と。

「想い」に着目できたら、 だれも憎くないし 戦う必要もない。

本当に心がスッキリ爽快の状態で 瞑想に向かった。

ーーー

何百人いたんだろう。

会場には 何百のひと。

これでも少ないんだという。

毎日 世界中から 入れ替わり立ち替わり そして住んでる人、滞在する人が アンマーと共に瞑想をするのだ。

アンマー登場!

登場し、壇上までの道を歩くアンマーは、前には銃を首からかけたひと、たくさんのひとに警護されながら あらわれた。

「人々を抱きしめ続けてる こんな優しい人を 襲う人なんかいるんですか?」

と聞くと

「悲しいことに いるんです。テロの理屈と一緒です。 たくさんのひとに 影響を与えることができるので 狙われるんです」

と。。。

おそろしい。

ジョンレノンやガンジーもそういうことだったのか。

すぐさま、

聖者になるのはやめよう、と思った。笑

短い夢だった。

例え たくさん似顔絵描いてても、それなりに 出来の悪いヤツでいようと思った。笑

自分を撃ったひとに、即座にその場で 許しますというポーズをとって亡くなったガンジー。

ぼくだったら痛くて怖くてきっとそれどころじゃないと思う。

と、、、また話がそれていく。

そう、画像がないとぼくが日頃妄想してるように 文章が進んでく。

これじゃあブログが着地できないので話を戻そう。

 

アンマーが現れて、トークが始まった。

日本語訳はないので、たまに翻訳してくれる聖子さんの言葉を聞きながら その場の空気を感じていた。

すると質問コーナーがあったので、ぼくは手をあげてみた。

学校に通ってる時の自分ルールは、十何年も通わなくなってからも 発動する。

発言が自由の時はなるべく手をあげるのだ。

当てられなかったので、なにを質問しようとしてたか 忘れてしまった。 忘れてしまうくらいの質問だから当てられなかったのだろう。

当てられたひとへの質問に アンマーは気さくに楽しく答えられていたので 会場は緊張感なく和やかムード。

なかなか時間をかけて丁寧に答えられていたので…

このスキに!と絵の道具をバッグから出さないまま バッグを手探りしながら アンマーの似顔絵を描いた。

そう、この質問タイムが終わるといよいよダルシャンなのだ。

ついに抱きしめられる時。

その時にプレゼントや手紙も渡せるのだという。

聖子さんから、喜んでくれると思いますよ、と言ってもらえてたのもあり、これまでの旅での自信もあり、ワクワクしながらアンマーを描いた。

ダルシャンはなんと、この日 到着したひと。

もしくは 出発するひとしか受けられないという。

まさにぼくらは今日到着しているので列に並んだ。

おおぉぉ。。。

どんどん抱きしめられていく。

大の大人たちがどんどん抱きしめられていく。。

おおぉ。。

なんか迫力あって 凄い。と思った。

 

ついにぼくの番がきた。

 

絵を渡すも アンマーは真顔。笑

 

すぐ警備のひとに渡され 即ダルシャン。

まあ凄い人数並んでるからしょうがない。

リアクションを期待していたのも申し訳ない。

 

そしてついに 大の大人のひとりであるマコも抱きしめられたのだが、

それは想像していた ふわっとしたものではなく、

 

ガッ!

グッ

ギュッ!

って感じだった。

 

頭をガッと持たれて

グッとアンマーの胸に押し当てられ

ギュッと抱かれながら 耳元でメッセージをくれる。

 

みんなそれぞれ違うメッセージみたいなのだが、ぼくには

「コットンコットンコットンコットンコットンコットン…」とつぶやかれ パッと離された。

ボーッとする中、警護人から列の外へうながされ みんなと合流。

どうだった!?どうだった?と話した。

 

コットン?とは。

ゴットン、だったのか。

 

電車で移動しなさい。というメッセージだったのだろうか。

たしかにラクガキヤを始めたのは 桃鉄みたいな人生をおくりたいと思ったからではあるが、、、

とか考えてたらダルシャンタイムが終わり

 

いよいよ瞑想がはじまった。

 

集中、集中、集中、、、、、

 

瞑想は嫌いではない。

何もしないってすごい好き。

でも得意ではない。

すぐいらないこと考えるからだ。

「無」とは程遠い。

無になれたことなどあるのだろうか。

たぶんない。

 

といったことをすでに瞑想中かんがえてしまっていた。

 

しかし、瞑想は終わらない。

 

30分くらいあったんじゃないだろうか。

もしかして1時間??

 

と、時間を忘れるくらい深い瞑想だった。

 

五分でも何もしないとなるとものすごい時間が遅くなるのに、

もはや雑念も売り切れて ほんとになんでもないことが連想ゲームのように繋がっては イカンイカンと「無」に向かおうとしては また何か考えてイカンイカン… を繰り返してた。

 

カズさんはこの時、このインドの旅のようにまた違う国を ぼくと一緒に回れたらって考えてたって言ってくれて凄い嬉しかった。

今度は動画でもなく、仕事でもなく、ぼくと同じようにアーティストとして。と。

 

カズさんは星の写真を撮る写真作家なのだ。

昼はマコの似顔絵。夜はカズさんの星の写真で旅をしよう。って。

なにも具体的ではないけど なんだかその風景が浮かんできたし、 なによりあの、深い瞑想の中で 思想の中にぼくが登場できたということは 光栄である。笑

 

瞑想が終わるとアンマー音楽団によるライブが始まった★

優しくも明るく すこしせつなげな深い音楽で 歌詞がモニターにインドの言葉と英語で出ていた。

神様の名前がいっぱい出てて それを追っていたら退屈はしなかったけど あたりを見回すと 瞑想を続けるひと、ニコニコ普通に歌を楽しむひと、何か、抽象画を描いてるひともいた。

みんなそれぞれのスタイルで自由に歌を受け取っていいんだ。と思った。

思えば聖子さんから アンマーの似顔絵を描くのは歌の時がいいかも、と言ってもらえていた。

 

あたりを見回すと 塗り絵に一生懸命カタツムリを描いてる男の子がいた。

その男の子のまわりをもっと小さな女の子がウロチョロしている。

子供ちゃんは退屈なのだな、と思って マコの似顔絵 しずかに発動!

サイレントニガオエである。笑

 

完成を見て嬉しそうな、リアクションとりたそうな少年にシーーーッとすると、無言で目を大きく開けて口も大きく開けて顔を キスしちゃうんじゃないかってくらい近づけてきた。

 

たぶん彼なりに驚き?喜び?を伝えてくれたんだろう★

 

お母さんやお父さんも嬉しそうにしてくれていた。

 

その様子を見ていたまわりの子たちが欲しそうにしてくれてる。

また静かにぼくは描きだした。

もしライブの迷惑になるなら止められるだろう、アンマー ぼくを進むべき道にお導きください、と 流れに身をまかせてみた。

 

何人 描いただろう。

自主的に描いたのは最初の一枚だけ。

塗り絵少年、ちっちゃいチョロチョロしてた女の子、 となりの美人三姉妹、後ろから赤ちゃんを抱いて 来てくれたお姉ちゃん、前に座ってた美男美女のご夫婦。

もちろんみなさん日本人ではない。

 

言葉はかわさなくとも

アンマーの歌と 楽器の鳴り響く中、

幸せが満ち溢れた空間だった。

 

歌が終わると絵を描いた子供たちの家族から囲んでもらえた。

美人三姉妹のお父さんは なんと 外国からきている動画クリエイターで、描いてる様子を動画作品にしたいからと 明日 撮影できる敷地外に行き 娘たちを描いてるところを撮らせてくれないかと 熱く話しかけてくれた。

 

凄い。

 

この旅の物語が繋がっていく。

 

踏み出していなければ 絶対に繋がらない未来だった。

次の日のお昼に それは現実になる。

半年かかるかもしれないけど、必ず完成させてメールするよ!とお父さんからガッチリ握手された。

未来が こうやってつくられていくんだ とハッキリとまた確信した。

運命というものがあるとしたら それはすこし背中を押してくれる優しいもの。

宿命というのがあるとしたら それは自分の中の強いこだわりや執着。

 

もっと優しく あたたかくぼくらは未来を繋いでいくことができる。

 

この経験は また大きく勇気をくれる 出来事となった。

 

さて、撮影不可のはずの敷地内で特別に撮れた一枚。

アンマーの側近のおじさま。

部屋に招いてくれて 描かせてくれて 一緒に写真いいよ!って^ ^

いいんかい!笑

でもネット掲載は 絵だけね、って。

あなたアンマーの世界ツアーについてきたら何十万人描けるよって。

ウヒョー!なにそれ、海賊王のクルーみたい!アンマーはお母さんって意味だからさしずめビッグマムかな?とかふざけたこと考えながらも すごい魅力的に感じて 本気でそれもありかな、って考えたけど

帰国した今、はっきりと答えはでてる。

自分で、行くんだ。

自分の感じる方へ、感じるように。

ルフィがシャンクスの船に乗らなかったように。※ちょいちょいONE PIECEからの例えすいません

 

この人生を一枚の絵として 自由に 進んでいく。

歩いてきた道がカラフルな線になって ぼくだけの絵が描きあがる。

 

きっとそのまだ未完成である大きな絵が ぼくの人生にかかわってくれたひとみんなを笑顔にできるものになるように……

ーーーーー

昨日 到着して 今日出発するので

今日もアンマーからダルシャンしてもらえるということ。

まあ 昨日してもらったし?、と思って そんなに行く気はなかったんだけど たまたま座った椅子が ダルシャンに続く列のひとつだったという。笑

 

おもしろいな?、運命ってこんな感じで うまいこと誘導して行くんだろうなー、とちょっと笑えた。

2回目のダルシャン。

昨日のぼくと、今日のぼく、なにか違いはあるだろうか。

 

ガッ

グッ

ギュッ

とまた抱かれた。

 

すると…

 

「どうしますかどうしますかどうしますかどうしますか…」

 

と!!

 

昨日と違う!!

昨日よりも長く抱かれ

「どうしますかどうしますか…もうおしまいですよ、息子よ」

と言われた。

 

あっけにとられてパッと離された時、

アンマーはぼくと目を合わせて、顔をななめにして 口角を片方だけクイッとあげるような 得意げな笑顔をくれた。

 

鮮明に 覚えてる。はっきりと。

 

もうおしまいですよ、というセリフ。

ネガティブにはとらえられず、

思うところはひとつだった。

 

今回のプロジェクト、完全に勢いでスタートして 嬉しいこともいっぱいあったが、人間関係において悲しいことも 重たく ズシンズシンズシンと あった。

 

許せない、ということがいくつかあったのだ。

 

まるでアンマーから その事を

「もうおしまいですよ」

と言われた様な 気がした。

 

どっちにおしまいなんだよアンマー!

自分を主張するのをやめて

我慢して、だまっておけ、ということなのか

だまっておくのをやめて、じぶんの意思をつらぬけということなのか

 

答えは出ないまま、アシュラムを出発し 帰りの空港に向かった。

いま思うと、答えは どちらでもなかったんだろうと思う。

どちらでもなく、「もうおしまいですよ」ということだったんだと思う。

そもそも 怒りを相手に向けることを、そして 自分をそれによって嫌いになることを「もうおしまいですよ」と言われたんだ。

 

この世界はぼくで、ぼくがこの世界。

この世界はあなたで、あなたがこの世界。

 

だとしたら、どこに立つかはひとつで 怒りのもとは 本当に とるに足らないことになる。

今回の出来事が どういうことなのか、その答えは 現在である「今」にはなく

これからのぼくらの進み方次第で 未来のどこかに「答え」があらわれてくるんだ。

 

世界は、ひろい。

 

この旅は本当に自信になった。

しかし

ぼくの絵は世界中に受け入れられる、と傲慢になってはいけない。

ぼくは 喜んでもらえることをしている!ぼくは正しい!!と傲慢になってはいけない。

 

まだ、日本とインドだけの話。

インドはインドでも南インドの小さな町の話。

日本は日本でも今まで描いた3万人くらいの話。

 

ずっと ずっと遠い未来まで描き続けることで
この旅の答えがあらわれてくるんだと思う。

この世界は

本当にひろい。

未来はきっと、

もっととてつもなく。

 

ぼくは…

 

 

インドからぼくらの乗る飛行機が 飛び立った。

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とまあこんな感じで3日目終了です^ ^

どうでした!ほぼ文だけの ブログ!

読むの大変だったでしょ!汗

ここまで読んでくれた人ほんと感謝です!

いよいよ次回でインド旅のブログは最終回!

さいごは旅の途中で出会った 大切な登場人物たちの、お話!お楽しみに♪

あなたはこの冒険の書を読んだ
人目のすぐ「そうかも!」と思ってしまうひとです。